2003年06月の思いつき


損切り

証券会社の新人だった頃、先輩達から損切りの重要性を何度となく教わりました。自分で運用するときも、お客様にアドバイスする時も、一番大切なのは、損している投資をいかに早めに処分することができるかが、その後の投資をうまくいかせるコツだと。「例えば1000円で買ったものが900円になった時、持っていれば何時か上がるからといって損切りさせず更に下がり、その後1000円に戻ったとしても、お客様は決して喜ばない。恐らく1000円になった段階でやれやれと思って売ってしまうだけだろうし、その後いくら状況が好転しても当分その証券を見るのも嫌になるだけだ。いやな思いをさせる時間が長くなればなるほど、その後の投資判断に悪い影響が出るものなのだよ。」この言葉を、今基金の方と話していると、つくづく思い出します。この3年間一生懸命維持してきた基本ポートフォリオを、この株式の上昇過程で多くの基金が現金化しようとしています。「せっかく収益が回復してきたのだから、資産配分をもっと安定的なものに変えるいいチャンス」という表向きの理由の裏には、「もうこれ以上株価に振らされるのはコリゴリだ」という本音が見え隠れしています。幾ら運用機関やコンサルが、「ようやく資産配分効果がでてきましたね」などと言っても、あまり聞く耳を持ってもらえないのが実態でしょう。基金の投資意欲をここまで減退させてしまう前に、なにか打つ手はなかったのか?と自問自答しています。

(2003.06.30)


誠意

最近、運用報酬などを巡る苦情を基金の方からお聞きするケースが多くなりました。担当者が口頭で約束した料率と契約書の料率が違う、信託銀行を解約しようとしたらヘッジファンド並みの解約手数料がかかるかもしれないと言われた、代行返上用資産だと言ってあったのに解約手数料が数%もかかる商品を使っていた、5年も前に契約した顧問料が今となっては世の中の平均よりかなり高いものとなっていたらしい・・・等など。もちろんこの全てが基金サイドがはじめからきちんと契約書を読んでいれば、もしくは契約内容を定期的に見直していれば、問題にはならなかった事例です。ですから基金の方たちは「自分も悪いのだけどね」、とおっしゃりながらも、「でも誠意がないと思いませんか?」と異口同音に言われます。
「対応に誠意さえ感じられれば解約しなかったのに」という言葉も最近よく聞くフレーズです。運用を委託するという作業では両者の信頼関係が場合によってはパフォーマンスに影響するほどデリケートなものだと思います。今のようにパフォーマンスが悪い時でも良好な信頼関係を築けている運用機関の残高は不思議と減っていないものですね。

(2003.06.27)


米国の利下げ

米国の短期金利(FFレート)がとうとう1%となりました。予想では1%を割るかもしれないとの声もあったので、市場関係者にとっては今さら驚くことではなかったにせよ、やはり米国においてのこの水準は衝撃的です。1990年台前半、住宅バブルの崩壊が招いた米国の長期不況の最中でも、米国の短期金利は3%ありました。世界経済がドル実質ドル本位であるため、ドルと言う通貨はどうしても印刷過多になり余剰感が出てくる宿命にあります。この余ったドルを米国に還流させるために米国の金利は相対的に高い水準を維持してきました。米国においての急激な利下げはドル暴落を呼び起こしかねない危険な政策でもあるのです。にもかかわらすここまで金利を下げているということは、米国の金融当局が直面している「デフレへの恐怖」というものがいかに深刻なものであるかの表れであると思います。デフレがバブルの清算をしている日本だけの特有な現象ではなく、米国を含めた世界規模のそして一過性ではない重要なテーマとなってしまったことを、今日の利下げはまさに示しているのではないかと思えてなりません。

(2003.06.26)


エマージング国債

過去に一度でも債務不履行を起こした事のある国の発行する債券をエマージング国債といいます。現在はもう少し広範囲にアジアや南米などの国の発行する債券全般を指すことが多いようです。最近オルタナティブ投資の一種としてエマージング国債を使った年金向けのファンドを日本でも見るようになりましたが、私はあまり関心がありません。自分の国である日本の財政の実態をわかっている人がほとんどいない中で、人の国の財政状況を正確に把握できる人が金融市場にどれだけいるか疑問に思っているからです。もちろん中には信頼性の高い情報を持っている人はいるでしょう。だたその情報は一般的な投資のような分析や調査活動からだけで得られるものではないような気がします。そういった情報の偏りの結果、エマージング国債への投資での勝ち負けの比率は、大儲けする少数と負ける大多数、という大変割りの悪いものになっていると思われます。過去事業法人や個人で幾度となく繰り返されてきた、エマージング国債での大やけどを年金は決して経験することのないよう、十分注意していきたいものです。

(2003.06.25)


議決権行使についての疑問

議決権行使について、論理的にわからないことがあります。議決権行使には、株式を保有する企業の経営が健全に行われているかどうかをチェックする外部機関としての役割と、企業経営が株主利益を重視しているかどうかをチェックする、利害関係者としての役割の両方があります。この二つの役割が常に一致するとは限らない、というのは株式運用における成長株と割安株に代表させるような、投資のタイムスパンの違い、さらには株価に対する投資哲学の違い、などと重ね合わせて考えていただくと、わかりやすいのではないかと思います。逆に言えば、議決権の行使という行為は、株式の購入・売却といった直接的な投資行動に匹敵する投資哲学や投資判断基準が必要なものであるはずで、個別銘柄の投資判断を自ら行わず、外部に委託している主体が判断し行使すべき権利ではないのではないかと思います。米国でみられるように年金等の委託者(実質株主)が直接議決権を行使すべきである、という論理的根拠がどうしても私には理解できないのですがいかがでしょうか?

(2003.06.24)


運用会社とコンサルタント

基金の方から、「コンサルタントを採用すると運用機関が嫌がってかえってパフォーマンスが悪くなりませんか?」との質問を受けました。思わず苦笑いです。どうなんでしょう?それほど嫌われてはいないと思うのですが??
我々の仕事は運用機関の方に文句を言うことではありません。基金のニーズと運用機関のスキルとをより効果的に適合させるために、基金サイドの話だけでなく運用機関の方のお話もできるだけ丁寧にお聞きするようにしているつもりです。もちろんコンサルタントが入ると基金と運用機関との間の緊張感が若干高まるというのは事実かもしれません。ただ委託者と受託者との適正な緊張関係を維持することは、全ての業務委託契約において、大変重要なことだと思います。コンサルタントという第三者が介在することで、本来あるべき緊張感が持続できるのであれば、多少嫌われ役のコンサルタントの存在も悪くないのではないかと思うのですが・・・

(2003.06.23)


再び債券について

国内事業債への投資比率を高めたファンドが増えてきています。確かに国債中心のポートフォリオの収益率より0.1%でも高い利回りを積み上げられるのであれば、1%を切る今の金利水準でのインフォメーションレシオに対するプラス効果期待は大きくなります。しかし、ベンチマークに対する超過収益という視点から少し目を離してみると、今国内事業債に投資をする意味が基金にあるのかどうか疑問に思います。
一般的には、景気がよくなる過程では金利は上がる一方で、事業債と国債の差(スプレッド)は縮んでいく傾向が見られます。こうした傾向が享受できるのであれば、金利上昇による債券価格のマイナス収益を事業債のスプレッド効果によるプラスの収益が、一部相殺してくれることを期待できます。しかし現状のように全ての債券が限界点近くまで買われ、国債と事業債の価格差が異常に縮小している環境下では、仮に景気が好転し金利が上昇局面を迎えたとしても、事業債を持っている事からの恩恵はほとんど期待することはできないのではないでしょうか。
インフォメーションレシオの効率化といった内向きな指標ではなく、基金ポートフォリオ全体を見据えた投資アイディアのご提案をいただければありがたいと思っています。

(2003.06.20)


債券急落

債券価格が急落しました。といっても100円につき2円程度です。株価の変動幅と比べると、債券価格の振れ幅がいかに小さいものかがお分かりだと思います。この程度の価格の振れは資産全体からみれば大きな問題にはなりません。しかし国内債券のポートフォリオを単独で見た場合、この2円の損を取り返すのは大変な作業です。現在債券の金利は10年でも0.7%程度しかありません。これが再び0.5%まで戻れば別ですが、このまま0.7%程度で落ち着いてしまったとすると、本日一日で発生した2円の損失を回復するのには2年以上かかる計算になります。逆にいえば2年半分の利息を一日で吹き飛ばしてしまったことになるわけです。普通の金利環境であれば、0.2%程度の金利低下は幾らでも期待できます。しかし金利の下限が0%である以上、0.7%から0.5%への道のりはそう簡単なものではないような気がします。株式のようにどんな水準でも上下を繰り替えす可能性のある資産と違い債券というのは絶対水準が価格動向に大きく影響をする資産です。一歩間違うと二度と取り返すことのできない損失を被る可能性があるのだという認識を持って、今の債券市場と上手に付き合っていく必要があるのではないでしょうか。

(2003.06.19)


緊急時対応

事務所ビルの管理会社から配布された「夏場の電力不足に伴う停電の可能性について」というメモに「事前通告なく突然停電する可能性があるので、システム担当者は注意して下さい」と書かれていました。
ヘッジファンドの調査をする際、こういった災害等に対するバックアップ体制の有無というのは、比較的重視する項目です。どこのファンドも物理的に離れた地域でのデータ保存を行う体制をとっているのが普通だと思います。もちろんこうしたバックアップ業務の専門業者も米国にはかなりあります。(平穏な日々が続くとこういった業者への契約数も減り、業者が倒産することもあるそうですが・・・)
日本の運用機関でも災害リスクマニュアルは当然存在しているとは思いますが、それを実際に使うことを真剣に考えているのは、この夏が始めてなのではないでしょうか?本当に停電があったら大変に困りますが、リスク管理体制を確認するという意味では、今回の電力不足問題はよい機会かもしれません。

(2003.06.18)


商品の品揃え?

オルタナティブであるかないかを問わず、運用機関から新規の運用手法のご提案を聞かせていただく際には、「何故その商品を作ったのか?」そして「何故そのタイミングが今なのか?」という点にこだわります。その新しい運用が現状の基金資産に対しどのような効果があるのかを、きちんと説明いただけないケースは少なくありません。「他社も作っていたのでうちでも作ってみました……使えるでしょうか?」みたいなプレゼンをされると、たとえ商品のコンセプトに共感できたとしてもそれ以上話を進める気にはなれないです。その商品が基金資産の中で果たす役割がシュミレーションできていないということは、恐らくその商品が基金資産に与えるかもしれない悪影響についてもシュミレーションができていないのだと思います。また、どんなに有効な運用手法であっても、ものごとにはタイミングがあります。何故今なのかを説明できない場合もまた、その商品の潜在リスクを把握できていないのではないかという懸念に繋がります。「商品の品揃えの一環として……」という表現は時に少し無責任なフレーズに聞こえることもあるということですね。

(2003.06.17)


投資家の信頼・企業の信頼

時価会計凍結をめぐる議論の中で、「投資家の信頼」という言葉がよく使われています。会計基準の途中での変更は投資家の信頼を裏切ることになり株価にとってはかえってマイナスだというのが、主な意見のようです。そもそもの話をすると、会計基準は企業の実態を把握する一つの尺度にすぎません。ある企業の姿を他の企業と比較しやすくするための分析ツールの一つです。例えば長期保有の有価証券について決算資料で時価が記載されていなくても、資産の保有明細がディスクローズされていれば、投資家は時価を計算することは出来ます。保有明細をディスクローズしている企業としていない企業とでは、投資家に与えられる情報の質に差が生じますが、決算上の評価価格を時価で示すか取得原価で示すかは、情報の質には影響しません。時価評価をするから企業が有価証券を保有できない、簿価であれば保有できる、という不合理な議論がもっともらしく行われるのは、有価証券を保有するという企業行動そのものに対する是非を投資家が能動的に判断できていないからに他ならないと思います。今重要なことは、年金資産を含めて、企業が市場性資産を保有するということの意義を投資家自身が改めて問い直すことであって、机上の会計論議をすることではありません。投資家から信頼される企業、そして企業から信頼される投資家、この両方があってはじめて資本市場は成立つのではないでしょうか?

(2003.06.16)


知れば知るほど怖くなる…

エンロンの元役員の回顧記事からもわかるように、理解できない金融取引をさも理解したかのように振舞うことほど、危険なことはありません。金融市場の仕組みは複雑で、その中にいる人でさえ、自分の専門分野以外のことはよくわからないのが実情です。なさけない話ですが大手銀行や生命保険会社の役員のうちデリバティブについて少しは話せる、と言う人の割合は1~2割というのが現状ではないでしょうか。ましてや事業法人や年金基金でデリバティブを組み込んだ運用商品の仕組みや、資産の流動化商品などの潜在的リスクが理解できると思うほうが間違っています。わからないのがあたりまえなのです。理解する努力はもちろん大切です。ただ一番重要なのは、途中でわかったふりをしないこと、わかったつもりにならないこと、だと思います。自分が理解していない、ということが自覚できていれば、おのずと投資行動に抑制が働くものです。始めは抵抗のあった商品でも、仕組みを少し理解すると非常に良いものに見えてきます。ここでわかったつもりにならずもう少し説明を聞くと今度はリスクが見えてきます。知れば知るほど怖くなる……これが金融商品というものです。

(2003.06.13)


公認格付け制度

米国の証券取引委員会が、格付機関の取り扱いについて抜本的な見直しに着手したとの報道がありました。特定の格付け機関にSECがお墨付きを与える「公認格付け制度」の撤廃が議論の中心となっているようです。以前外資系格付機関でご活躍された方に、格付けのいろはを御教授いただいた際、「一民間企業である格付機関の格付けが何故企業の生死を握るほど市場から信頼されているのか?それは格付機関が投資適格であると判断した債券が突然破綻するようなことがあれば、その格付機関自身も市場の信認を失い倒産するからだ。」と言われました。エンロン事件以降の不正経理が多発する中で、格付機関が倒産したという話は聞いたことはないですし、日本においては言わずもながです。市場との牽制機能が働かず、一種のモラルハザードが格付機関に起きており、その原因が自分達にあるのかもしれない、とSECが考えるのは当然のことでしょう。基金においても最近国内外の事業債に投資するケースが増えてきています。SECのこの見直し案の今後の展開に注目したいと思います。

(2003.06.12)


金融機関の経営

公的資金の導入が正式に決まり、いよいよ新生りそなのスタートです。新経営陣のTOPが金融機関以外からの人材であるという事実を、金融機関に関わっている者全てが重く受け止めるべきでしょう。自身の経験からも、事業法人による証券会社の買収、商業銀行の証券会社の買収、証券の投資顧問業務の買収、といった異業種間の経営統合が失敗した例は世界中で数多く見てきました。逆に事業法人の経営にメインバンクから人がいって、全く役に立たなかった例も枚挙に暇がないでしょう。金融機関の経営と事業法人との経営とにどれほどの「普遍性」が存在するのか?金融業界でしか働いたことのない私には、正直否定的な気持ちの方が強いです。ただ、「金融村」と言われるような自分達にしか通用しない常識の中でしか生きていけないひ弱な業界は、今の時代生き残ることはできない、というのは紛れもない事実でしょう。外の空気に当たって、本当のプロ集団になれるかどうか、金融業界全体が試されているのだと思います。

(2003.06.11)


プレゼンテーションで聞きたいこと

年間に400回以上も運用機関の方にお目にかかっていると、運用手法の巧拙以前にプレゼンテーションの巧拙が気になることが度々あります。特に日本の大規模な運用機関とのミーティングでは、運用の話をしにきたのか、組織図の説明をしにきたのか?と考えてしまうことが多いのです。そういった運用機関の方には、「何かを説明するのではなく、”語って”下さい。」とお願いするようにしています。運用のプロセスや組織は、自ら信じる投資哲学を具現化するための道具立にしかすぎないはずです。もちろん道具立も大切ですが、まず伝えなければならないのは、投資というものに対する信念であり、その信念から導かれた投資手法がいかに有効であるかの証明であると思います。用意されたプレゼン資料から離れて、投資哲学の話を始めると、人が変わったように生き生きと”語って”いただけるケースはよくあります。そういったミーティングの方がずっと印象に残りますし、プロダクトの本質を判断させていただくには、断然有益であるというのは、申し上げるまでもありません。

(2003.06.10)


実体経済の眼

基金様の運用委員会でお目にかかる理事の方々や、企業型の常務理事の方など、実態経済の経営に携わっている方々とのお話は、私たちコンサルタントにとっても大変貴重です。製造メーカーの方のリスク管理についての考え方はまさに投資のリスク管理に共通する概念ですし、現実的な財務感覚でみた企業利益の実態についてのコメントは、申し訳ないですが運用会社のアナリストからは聞くことのできないほど的を得ていることも多いのです。99年のITバブルの最中、経営企画部門から着任されたある常務理事が、「企業の経営環境は全く良くなっていないしリストラで失業者はどんどん増えている。それなのに何故株はこんなに上がるのか?運用機関の言っている景気という意味がよくわからない。」と運用報告会の席上で何度も疑問を投げかけていらっしゃいました。その言葉を単なる運用に対する批判ととらず、マーケットの中にいては見えなくなってしまっている意義のある視点と受け止めた運用機関は残念ながらほとんどいなかったような気がします。運用報告や運用委員会の場でのミーティングは、単に自分達の結果を説明し自分達の考え方を一方的に理解してもらうためだけに使うには、あまりにももったいない時間です。そこで出た疑問や批判は時には非常に大切な示唆をしていることもあるはずです。せっかくお互い貴重な時間を費やすのですから、運用会社にとっても、基金様にとっても、できるだけ意味のある一時間にしていきたいものです。

(2003.06.09)


安全のコスト

いまさらですが、航空運賃の価格崩壊はすごいですね。海外線でのマイレージサービスもかなり過熱していると聞きました。どこの国の航空会社も財務内容が苦しいのは、航空運賃の価格設定が基本的に安すすぎるのも一因ではないかと思います。飛行機に乗っていて事故に遭う確率は自動車を運転して事故に遭う確率より小さい、と言うような話はよく言われることです。でも重力に逆らって空を飛んでいる飛行機を自動車並に安全にするためには、多大なコストがかかっているはずです。元々リスクの小さいものと、元々のリスクは大きいがそれに何らかの手を加えて小さくしているものとでは、安全を得るために支払う対価が全く異なります。その対価を航空会社は正当に利用者から取っていない、取れていない、のではないかという気がします。金融資産のリスクも全く同じです。本来あるはずのリスクを少なくするにはそれなりのコストがかかっているものです。そのコストを資金の出し手は正当に支払っているでしょうか?また気づかないままに、必要以上のコストを負担していないでしょうか……

(2003.06.06)


社会インフラ

厚生労働省から出された主婦の年金受給権分割案に自民党から「熟年離婚を助長している」という反対意見が出たとか……。実は20年近く前、「ゼロ歳児の保育施設が何故ないのか?」という私の問いに対し「未婚の母を助長することになるから」という答えをもらい驚愕したことを思い出しました。「家族のきずなや伝統文化の尊重」を否定するつもりは全くありません。ただ、そいうことは教育とか文化活動の育成とか、もう少し違う次元で議論すべきではないかと思うのです。年金とか育児とか「生きていく」ということに直結する社会インフラについては、標準偏差の範囲内を対象にするのではなく標準偏差からはみ出してしまった人達の視点を忘れてはいけないのではないか、別に「助長」されなくてもそうなってしまった人の視点を忘れてはいけないのではないかと思うのですが、いかがでしょう?

(2003.06.05)


伝える努力

2年近くある基金様を通してお付き合いしている運用機関から、「ようやくこのガイドラインの意味していることがわかりました」と言われると、怒るよりも落ち込みます。運用開始当初はもちろん、四半期報告の場も含めて、自分では一生懸命説明してきたつもりでも、現実にはこちらの意図が半分も伝わっていない。言葉の上では理解していても、自分が考える、もしくは教わってきた「常識」の中で無意識にその言葉を加工して消化してしまうと、相手の意図を正確に汲み取ることがむずかしくなります。逆に伝える側にも自分の常識が相手にも通用するという先入観が、伝える努力を怠らせるのでしょう。資産運用の世界では私の常識は誰かの非常識です。だからこそ、119円のドルを買う人と売る人が同時にいるわけです。しつこいぐらいに話し合い確認する努力をしなければいけないと改めて実感した一日でした(反省……)

(2003.06.04)


声の大きさ

最近運用機関と話していて、とみに感じる良い変化。「ファンドオブファンズ会社のディスクローズ」!。2年ほど前、FoFを日本の年金に紹介し始めていた運用会社に、「年金に売るのならディスクロの内容を考え直して欲しい」、「自己勘定の生保や銀行への報告と他人勘定の年金への報告を同列に扱わないで欲しい」といくら言っても、「これがヘッジファンド業界の常識です」という訳のわからない返答しかいただけなかったのが、うそのようです。彼らを変えたのは、残念ながら日本の年金ではなく、米国の年金です。2001年後半からの米国株式の下落と金利の低下が、米国の年金運用の中にヘッジファンドへの市民権を与えつつあります。年金という巨大な資金に受け入れてもらえるために、ヘッジファンド自身も少しずつ変化をしてきています。超低金利に悩みヘッジファンド業界に注目していたのは実は日本の年金の方が先だったように思うのですが、少し声が小さかったようですね。市場を動かすほどの声を一度出してみましょうか?

(2003.06.03)


プロフェッショナル

先日テレビで六本木ヒルズ内のレストランの新規オープンまでを追っかけていました。メニュー一つまで納得のいくものを作りたがっている責任者の方の「最近世の中にプロがいないんだよね~」という一言を聞いて、どこの世界でも似たようなことを言っているものだ……と妙に納得した次第です。ただ、『プロ』や『職人』が存在し得るかどうかというのは時代の要請の結果でもあるわけで、パソコンで充分きれいなメニューが出来てしまえば、手書きの職人さんの需要はなくなってしまう。それでもやはり手書きの美しさや風合いを感じ評価する発注者やエンドユーザーがいれば、プロの技はなくならないはずです。
最近プロフェッショナルだと感じる運用機関がいなくなったとするならば、それは資金の出し手自身が運用にプロを必要としてこなかったからに他ならないし、業界の自戒を込めていうならばプロを評価するだけの眼力を持つ努力をしないことに心地よさを感じていたからですね。今からでも遅くないです。”求むプロの運用機関”。

(2003.06.02)


祝!ホームページ開設!!

始めまして。AMCの寺本と申します。年金のコンサルティング業務を始めてもう5年以上が経ちました。毎日売った買ったと喧しいトレーディングルームから一転長期投資の世界に入った当初は、同じ有価証券を扱う仕事でもこんなに時間の流れが違うのかと、大変戸惑いました。それから5年が過ぎ、ひとつわかったことがあります。株や債券や為替を毎日毎秒売り買いしなければいけないほど、世の中の変化は早くない。ただ株や債券の値動きから感じる気配や不安や匂いは、必ず何かを伝えている。それがどれだけのスピードで実現するかどうかは別として、市場が感じた何かは決して無視してはいけない。ということで、市場を見ながら、運用機関さんと話しながら、そして基金の方々のご意見を聞きながら、日々感じたことを忘れないようにメモにしていきたいと思っています。気長にお付き合いください。

(2003.06.01)

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