2003年12月の思いつき


2003年を振りかえって…

年金にとってはまさに激動の2003年が終わろうとしています。
3年連続のマイナスとなったこの3月を経験したことは、悪い意味だけではなく、年金にとって大きな転機となったのではないかと思います。
基金・母体・運用機関、とも年金の運用についてどうあるべきか、そして業界全体の流れのなかで自分たちはどうあるべきか、ということをこれほど真剣に考えたことはこれまで皆無だったことでしょう。
目標利回りのあり方、伝統的なアセットアロケーションの限界、リスクという概念の変化、そしてオルタナティブへの取り組み。今年提議されたこれらの問題に2004年は結論をつけ、行動に移していかなければなりません。
私共も微力ながら、年金業界全般の健全な発展のために、精一杯努力していく所存でございます。
本年のご愛顧を心より感謝申し上げるとともに、今後ともご支援ご鞭撻を賜りたくお願い申し上げます。
よい新年をお迎えください。

(2003.12.31)


日本に注目

伝統資産運用、オルタナティブ、を問わず、資産運用者の来年の運用見通しなどを見聞きしていると、日本市場に対する期待が非常に高くなってきていることを感じます。
財務内容が悪く破綻しかかった企業を安値で買うような特殊な投資対象としてではなくて、ごくあたりまえの投資対象として、日本の株式や企業は魅了的になっていると言うファンドマネージャーも出てきているようです。
一方で、日本国内の運用機関や金融機関の人たちからは、そういった海外からの見方について、どうしても素直に同意することができない、との声を聞きます。
「不良債権処理がまだ終っていないことは自分たち自身が一番良く知っている。」「地方の景気の深刻さは海外投資家には見えていない。」といったところが、国内組の主たる意見でしょうか。
”大手銀行と主要企業の業績さえ回復させれば海外からの投資資金で株は上がり、不良債権も地方経済も自ずと立ち直る”、という竹中マジックにうまく乗ってくれた海外勢と冷ややかに見つめる国内勢の違いがでてきてるのかもしれません。
あまりに長いトンネルから出て目を慣らしている内に、次のトンネルに入ってしまう、などということのないように、来年は国内にしっかりと目を向けた運用をしなければいけないと思っています。

(2003.12.25)


メリークリスマス

当社から見える東京タワーです。遠くには汐留のイルミネーションもきれいです。東京は人出も多く、繁華街では数年ぶりにタクシーが捕まらない年末になっているようです。この勢いが来年に繋がることを、今日ぐらいは心から信じたいと思います。

(2003.12.24)


オルタナティブの壁

今後の資産構成を考えていく中で近い将来突き当たる壁は、「オルタナティブ運用商品の供給不足」かもしれません。
代行返上後の年金資産を40兆円程度と仮定し、たとえばその一割がオルタナティブに流れたと考えても、4兆です。
今日本で提供されている、年金向けオルタナティブ商品の総額はおそらく1兆円には届いていません。
現実に、比較的仕組みが判り易い株式のロング-ショート系のファンドの多くがこの一年で運用上限に達し、新規募集を停止し始めています。
伝統的な運用より、オルタナティブ運用には戦略的に運用可能な資産の上限が低いのものが多く、1000億円以上の運用を行うファンドは殆どありません。
また、運用プロセスよりトラックレコードを重視する傾向が強く、次々と新規ファンドが設立されるというわけにもいかないのです。
日本だけでなく、世界中の年金運用においてオルタナティブ投資が市民権を得つつある環境において、投資したくても対象がないという時期を迎えるのは時間の問題だと思います。

(2003.12.23)


銀行の株式・保険商品販売

銀行の収益力改善につながると思うからか、株式や保険商品の銀行窓口での仲介業務が認められる兆しがあります。
オルタナティブの説明で私がよく使う言葉に、
「自分の理解できない商品は買ってはいけない」
「自分の理解できない商品を売ってはいけない」
「商品を理解していない営業担当者から買ってはいけない」
というのがあります。この原型は「投資適合性原則」と呼ばれるもので、投資家・販売者、ともに金融商品に関わるすべての者が忘れてはならない大原則です。
金融商品から得るリターンはすべて投資家が負っているリスクの裏返しに過ぎません。その商品のリターンの仕組みを理解できない、説明できない、ということは、そのリスクを認識できないことと同義語です。
銀行の窓口という一般の人たちにとって敷居の高くない場でリスク感覚が鈍くなっている投資家に、商品知識の薄い銀行員が、リスク資産を仲介する、という行為には、「投資適合性原則」が適用される素地はあるのでしょうか?
「投資の自己責任」という仕組みは、「投資家保護」という理念が制度として確立した上でしか成り立たないということを、金融行政は今一度思い返すべきだと感じています。

(2003.12.21)


資産運用委員会

年金基金という組織の中で、「資産運用委員会」というものはどのような役割を果たすべきものなのでしょうか?
私が委員の方々にぜひお願いしたいことは、資産配分にせよ、運用機関の選択にせよ、案が決まるにいたった前提や経緯を記憶に留める役割を担っていただきたいということです。
1年経ち2年経ち、運用結果が出てきた時に、一般の理事や加入員の方々はどうしても結果の数字にしか眼が行きません。特に運用が悪い時は実行部隊である事務局が何を言ったところで言訳としかとってもらえないものです。
そんな時、運用委員の皆様には冷静にプロセスを振り返っていただきたいのです。何を期待して運用を委託したのか?どのような経済状況を前提とした資産配分であったのか?
前提の何が間違い何が正しかったのかを判断することは、決定過程にかかわっていた人たちにしかできないことです。
資産運用委員会の議論はそこで何かを決めるために行うものではなく、議論することそのものに意義があるのだと思っています。

(2003.12.18)


平成21年に向けて

年金制度改革の概要の「時間切れ着地」の様子を見ていて、この5年間何をしていたのだろう?と思った人は少なくないでしょう。
平成16年度には公的年金が再計算を迎え、財政を中立化させるためには基本的な見直しが必要となることは、それこそ平成11年の財政再計算時点でわかっていたことです。国庫負担二分の1の議論も5年も前からの議論です。
平成16年という明らかなタイムリミットを知りながら、ラスト半年で財源だの、抜本的改革だのと言ったところで、間に合うわけがない。
だからといって、再計算を先延ばしにされては、国の業務を代行している基金やその母体企業がもう耐えられません。
とにかく一度決着させて、次の5年に向かって仕切り直していくしかないのです。
今回の年金制度改正は、終わりではなく本当の改革のための、スタートに過ぎないということを、政・官・民ともによく認識し、この国の社会保障のありかたを含めた議論を、時間をかけておこなっていきたいものだと強く思います。

(2003.12.17)


平和の配当

1989年、日経平均が史上最高値を付けた時期の株式市場のテーマは、実は景気ではなく、政治です。
ゴルバチョフ氏が主導した米ソの歴史的な雪解けを受け、株式市場は両大国の軍拡競争の終焉が健全な経済活動への資金シフトを促進させることを期待しました。「ゴルバチョフがくしゃみをすると世界の株式相場が風邪をひく」とまでいわれ、当時の世界的な株高を『平和の配当』と呼んでいたのです。
それから10数年が経ちました。
貰ったはずの配当は、旧社会主義経済圏を受け入れるためのコストや、多発する地域紛争へと消えていき、結局米国にも欧州にも莫大な財政赤字だけが残されました。
平和を維持するためのコストが配当を生むまでには、まだまだ長い時間がかかるのだろうと、イラクを見ながら感じています。

(2003.12.16)


景気とは無関係の不況

服飾品業界の方々とのお話のなかで、地方、特に農村部での売り上げが激減している理由を説明していただきました。
国内での生産工場が海外移転している影響で、農家の主婦のパート先がなくなっている。農村部での可処分所得の殆どは、こうしたパート収入があてられていたため、服飾品等の購入資金が枯渇している、とのこと。
この現象は、おそらく今のような企業景気中心の景気回復の恩恵を受けることのない、構造的な不況であると考えられると業界の方たちは言っています。
服飾品という、一番切り捨てられ易い分野があぶりだしている企業景気と個人消費のギャップは、金融や財政といったマクロ政策では解決することのできない、日本経済の本質的な脆弱さを示唆しているような気がしています。
「景気とは無関係な不況」という言葉がひどく重い響きをもって頭に残っています。

(2003.12.15)


お勧め本

最近文庫本化された「リスクテイカー」という小説があります。
ヘッジファンドの入門書としてよくできていると思います。舞台は1999年以前のアメリカですので、今のヘッジファンド業界からみるとかなり時代遅れな部分もありますが、必要最小限のテクニカルタームや運用の基本的な考え方を、かなり正確にわかりやすく記述してあります。
また、軽い気持ちからヘッジファンド業界にまきこまれていく日本人の元銀行員の目を通して描かれるヘッジファンドは、決して特殊な世界ではなく、非常に人間臭く泥臭いものです。
どれほど高度で先進的な技術やシステムを使っていたとしても、ファンドの運用というのが所詮それを使う人間の判断と哲学に依存するものなのだということを、この小説は教えてくれているようにも思います。
ファンドオブファンズなどに投資することを検討している方は、是非一度お読みになってはいかがでしょうか。

(2003.12.14)


債券プレゼンの工夫

基金スポンサーに対してのプロダクトの説明に立ち会っていてつくづく「債券のプレゼンはつまらない」と思います。
プロダクトの内容が判る判らない以前の問題として、「面白くない」のです。
どのようなプレゼンであれ、聞く相手になんらかの興味を持ってもらわなければプレゼンとしては失敗であるのは言うまでもありません。
債券という商品が、一般になじみがなく、理論と数字が多く、説明しにくいものであるのはわかります。
だた理論と数字を多用せずに説明することは不可能ではないと思うのです。
「国債利回りと事業債利回りの信用力格差」という一言で終わらすのではなく、もう少し具体例を交えた説明はできないでしょうか?
イールドカーブの形状変化が何故起きるのか、実態経済との関係をまじえた説明はできないでしょうか?
どうせ判ってもらえない、のではなくて、少しでも興味を持って聞いてもらえる工夫を債券担当者にはぜひお願いしたいと思います。

(2003.12.11)


係争の終わり方

米国債券市場最大の懸念材料であった、フレディマックの不正経理問題が、当局と1億ドルを超える罰金で和解する見通しであると報道されています。フレディマックは不正経理の申し立てについて、否認も肯定もすることなく和解金の支払いに応じることになる見込みだそうです。
米国の係争の終わり方としては、珍しいことではないのですが、どうも納得できません。
フレディマックだけではなく、一連の投信不正の問題もそうですが、和解をされてしまうと、結局その不正の本質が我々には伏せられたまま、終止符を打たれてしまいます。
係争を長引かすことなく、互いの体面を傷つけることなく、一定の罰則を与える、大変効率のよい手法だとは思いますが、これで本当に自浄作用が働くのでしょうか?
一般企業であるならともかく、個人や年金など一般投資家との関わりの強い企業については、もう少し明朗な手順を踏めないものかと思います。
こうした中途半端な終わり方をすることで、却って市場の信頼を取り戻すことが難しくなることも否定はできないのです。

(2003.12.10)


年金資産運用基金の特殊法人化

国の年金資産運用基金を特殊法人化し、外部から民間人を登用し運用責任の明確化を図る方針、との記事がでていました。
理念はわかるのですが、引受け手はいるのでしょうか?
確かに現在、年金資産運用基金の資産配分を決定している「社会保障審議会年金資金運用分科会」のメンバー構成を見ていると、さすがにもう少し運用経験の豊富な人材を入れたほうがよいのではないかとは思います。
だからといって、「運用責任」という言葉のコンセンサスが全くできていない国の公的年金を、個人名を掲げて運用したいと思う民間人がそうそういるとは思えません。
株式を持てば損をすることもあります。だからといって全額国債にすれば、国の借金を国民の大切な年金で賄うことの是非論が必ず出てきます。どんな運用であれ、全く損をすることなしに毎年毎年プラスのリターンになることはありえないし、リスクなしにリターンは存在しない、という、あたりまえのことを、この国のマスコミも政治家もそして多くの国民も、未だ全く理解していないでしょう。
運用責任とは「結果」についてではなく「プロセス」についての責任である、ということをまず世の中に浸透させることが、特殊法人化した運用基金が行うべき、最初の職務かもしれません。

(2003.12.09)


流動化制限と時価評価

一部のファンドオブファンズやプライベートエクイティ、そして元本確保型の商品など、売却制限のある商品についての時価評価はどうあるべきなのでしょうか?いわゆるNAV(ネットアセットバリュー)というのは、その時点での時価財産総額のことであって、投資家が引き出し可能な現金の額ではありません。以前ここで書いたような、売ってみなければ判らない小型株の時価、のような問題だけではなく、売却後投資家の手元に残るのは、手数料や解約ペナルティ・保証料などもろもろの費用が控除された後の金額です。解約制限のあるようなファンドでは、こういった費用総額が場合によっては年間収益相当額ほどかさむこともあります。
本来であれば、基金の決算上の数値には、NAVをベースとした時価ではなく、こうした費用見込み額控除後の数値を示し、売却制限明けに割り戻すというのが本来の形であるはずです。
基金の方が、一般投資に比べオルタナティブ投資関連手数料や費用に、少しおおらか過ぎるような印象を持つ機会が多いため、あえて超保守的な見方を書かせていただきました。

(2003.12.08)


パッシブファンドとイベントリスク

パッシブファンドに組み入れていた企業に負のイベントが発生した場合、その企業の株式や債券を売却すべきなのでしょうか?
特にイベントが社会的責任を問われるものであった場合、純粋利益としての側面からだけではなく、年金資産の受託者責任としてのアクションを取る必要があるのでしょうか?
私見としては、パッシブファンドで許容できる個別銘柄へのアクションは、株式での信用懸念銘柄のネガティブスクリーニングのように、一定の基準の下に事前に投資対象からはずすことまでが、限界であるように思います。トラブルを起こした企業からの収益もまた、市場収益の一部であり、たとえ道義的な判断であれそこにマネージャーやスポンサーの意志は入るべきではないと考えます。
逆に言うなら、パッシブファンドへの投資と言うのは、株であれ、債券であれ、そういった覚悟の上で行うものであるという自覚がスポンサーサイドにも求められるべきであると思っています。
だからこそ、ベンチマークの選択という作業が、大変重要となるのです。

(2003.12.07)


”円”は国境を越えない…

私事ですが、ちょっとした買い物をして、5万円相当のドルを米国に送金しようと思いました。モノスゴーク大変でした。
都市銀行のいわゆる大店の外為カウンターでは、先方のアカウント種別の意味がわからず、結局受け付け不能。
しかたなく、振込先銀行の日本支店までいくと、当社に口座のない方の送金はお受けしてません、と。ついでに「100万円以上預金していただければ送金手数料を2000円割り引きますが口座をお作りになりますか?」と聞かれ、何故5万円送金するために100万預けなければいけないのかと丁重にお断りをしてきました。
そもそも銀行の海外送金手数料最低4000~4500円!!という事実に驚愕です。結局、郵便局が一番お手軽で手数料も断然安いということを発見して、一件落着したのですが、個人での外貨送金がこんなに面倒なものだとは知りませんでした。(たった5万円でも免許証の提示が必要だというのも、結構驚きましたが…)
円が国境を越えるには、目に見えるとても高いハードルがあるのだと、実感した一日でありました。。。。

(2003.12.04)


JREIT

JREITに投資しているファンドに投資することを検討している基金の方には、是非1社か2社分の投資目論見書をご自分でお読みになることをお勧めします。
一般的な説明では、投資家が負うリスクが賃料収入と金利の変動だけに集約されているような表現が多いのですが、実際のリスクは商業不動産を直接買ったことと同じだけ存在する場合もあります。
また、取得不動産の価格下落リスクが小さく表現される傾向があるのは、不動産価格を収益還元法で計測するため、賃料が安定していれば物件価格も安定する仕組みになっているからです。逆に言えば、賃料が趨勢的に下がれば物件価格も下がるため、JREITにとってはキャッシュフローと物件評価値とのダブルのマイナスが生じることになります。
もちろん、インフレに強いなど、良い面も否定するものではありません。ただ、非常に複雑なリスクプロファイルを持っている商品であるので、目論見書に目を通すことは最低限行っていただきたいと思います。

(2003.12.03)


デフォルト

格付け機関では、幾つかの地方銀行の格上げが検討されているとのこと。
劣後性債券を含めて、銀行にはデフォルトを起こさせない、という強い政府の意思を確認したからだそうです。
国が株式をゼロ円で強制買い入れをする理由は、債務超過だからです。債務超過の会社の劣後債務が何故満額保全されるのか、よくわかりません。
債権に貸し倒れがあるように、債券にはデフォルトがあります。このあたりまえのルールを、市場に適用しないから、日本の債券市場はいつまでも成長しないのです。
劣後債券の投資家はそれが金融機関であれ外人であれ公共団体であれ、皆デフォルトリスクを承知の上で購入しているはずです。安全確実な劣後債券などあるわけないのです。
こうして債券市場にモラルハザード作ってしまうことで、最後に痛い思いをするのは、また学習することのできなかった、投資家自身なのではないでしょうか。

(2003.12.02)


公的資金導入後のディスクローズ

公的資金を導入した金融機関についての今後のディスクローズに注文があります。

地域や業種分類、特定企業に対する集中度、取引開始時期、などに分けた融資ポートフォリオの概容。
融資、有価証券、不動産、等での損失開示と債務超過額に対する寄与度分析。
最低この程度の情報は、当局と受け皿企業との秘匿事項ではなく一般に判り易く公開するべきだと思います。もちろん不用意な情報によって取引先企業の信用に傷をつけないように個別名には充分な配慮が必要であるのは言うまでもないことです。
国有化が地元経済の混乱を最小限に留めることが目的であるというのなら、その銀行がどれほど地域の産業に密着し、貢献し、その結果として何がおきたのか、国有化しなければいけないほどどこが痛んでいたのか、をきちんと公表すべきです。それが、1兆円もの税金を出す全ての国民だけでなく、地域の発展の為、と紙切れとなったしまった増資を引き受けた地元の人々への、最低限の礼儀であり、義務なのではないでしょうか?

(2003.12.01)

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