2004年01月の思いつき


トラックと景気?

なんだか仕事が終わらず、深夜タクシーのお世話になることが多い今日この頃…
タクシーの運転手さんとの最近の会話。
「最近、道がすいてますよね?」「そうなんです。高速道路もスイスイ」
「景気悪いのですか?」「いや、銀座とか、人出はありますよ」
「道路工事が減ったから?」「そうじゃなくて、トラックが減ったからです。物流が止まっているような気がするんですよ。気持ち悪いですね。」
物の流れが変わったのか、季節的なものなのか、単なる気のせいか、はたまた景気のベースがもう息切れを始めたのか。
トラックの走行台数と景気、なんて誰も調べたことないですよね…夢にトラックが出てきそう、です。

(2004.01.29)



「代替投資コンファレンス」に異議有り!

日本の年金基金が資産の運用を委託することができるのは、日本で投資一任免許をもっている運用会社か信託銀行か生命保険会社に限定されています。自家運用として自ら投資判断が出来る資産もインデックスのパッシブファンドに限定されています。
運用を委託するために必要な知識と投資判断をするのに必要な知識は、基本的に異なります。また運用委託のために必要な組織と運用のために必要な組織は根本的に異なります。
一方、他人の資産を預かって長期的に運用を行うことを生業としている運用会社と、金融商品を売り買いすることで手数料を得ている証券会社とは、顧客資産に対する姿勢は同じではありません。
良い悪いは別として、現在の日本の年金組織は、日本の法律に基づいた善管注意義務を遵守する運用者に委託することを前提とした構造になっているのです。この前提が共有できない組織と年金が接点を持つことは、肉食獣のいるサバンナを都会の人間に散歩させるようなものです。
厚生年金基金連合会主催の「代替投資コンファレンス」協賛会社に何故証券会社が多数含まれているのか、大変疑問に思っています。

(2004.01.28)



銀行株…

あいもかわらず、何が起きるか起きているのか判らない銀行株というものを、果たして投資対象にしなければいけないものなのでしょうか?
一般論では、「確信のない銘柄には投資をしない」のが原則なのですが、インデックス運用では「確信のない銘柄はとりあえずインデックス並に買っておく」ことになります。
特に昨年のような銀行株の乱高下を経験してしまうと、持たないでインデックスに負ける恐怖に、ファンドマネージャーが打勝つことは難しいことだとは充分想像が付きます。
それでもやはり、判らないから買っておく、という投資行動が正当化される「インデックス運用」にはどうしても納得できません。
ディスクロ以前の問題として、決算ルールの決まっていない業態の株式を評価することなどできないし、年金のような長期投資の対象とすることもできないのではないかと思ったりしています。

(2004.01.27)



リスク管理と五感と経験

Var(バリューアットリスク)のような、統計的なリスク管理手法を嫌う運用者は、実は結構多いのです。
もちろん、我々の立場からすれば、組織だったプロセスでいかに理論的にリスクコントロールをしているか、ということは運用機関を選ぶ時の非常に重要な定性判断の材料となります。
ただ、同時にそれはリスク管理に必要な「五感と経験」、を否定するのものではありません。
リスクとは、想定外の変動や損失が起きる事象のことを指します。通常の市場や損益の変動とは明らかに異なる現象をいかに早い段階で察知し対処するか、がリスク管理の本質だと思っています。
理論やモデルでリスク管理プロセスを固めてしまうと、プロセスを作った事に安心して、何かを察知するアンテナが鈍くなるような気がしてしまいます。
リスク管理ツールはそれを使いこなす人間次第で、有益にも有害にもなるのかもしれません。

(2004.01.26)



中立な意見?

証券会社における証券アナリストの行動に色々な制限が加えられているようです。そもそもアナリストの中立性とは何なのでしょうか?
証券会社から給料を貰って仕事をしている証券アナリストの仕事の利害は証券会社の利害と一致するはずです。ある株を引き受けてそれを売却することで利益を得るのが証券会社の業務であるのなら、アナリストがその企業の株価について肯定的なコメントを出すのはあたりまえです。それを偏向のない中立なコメントであると期待する方が間違っているのです。
私を含め人の意見には、全てその人の立場や視点というフィルターがかかっているものです。そのフィルターを含めてその人の意見なのだと思います。
嘘は論外として、アナリストは中立であれ、というそもそもありえない論理を持ち出して、アナリストの意見を鵜呑みにしてしまう投資家を増やすことの方がよっぽど罪が大きいと思います。

(2004.01.25)



円高リスクと株式比率

年金運用で負っている為替リスクは、ドルとユーロとが約50%ずつとなっています。ベンチマークの特性上、外貨建株式ではドルの比率が高く、外貨建債券ではユーロの比率が高いのが一般的です。
従って、円という通貨から見た場合急激なドル安であったとしても、一方でユーロ高となっていれば、外貨資産全体としては、あまり気にする必要はありません。
問題となるのは、ドルに対してもユーロに対しても円が独歩高となる可能性です。
一昨年までの「日本売りで円独歩安」が逆流し、欧州からも米国からも投資資金が日本の金融資産や土地不動産といった実物資産へ集中すれば、こういった現象もありえなくはないでしょう。
ただしこうした状況が起きるとすればそれは日本の景気回復が本物であるということの証左でもあるわけで、日本株の比率を維持してあれば為替差損をカバーすることは可能であると思われます。
そもそもそんなばら色のシナリオを描いている人は、まだどこにもいそうもありません…

(2004.01.22)



媒体としての株式がない国だから…

「日本の景気は回復しているか?」との問いには、「企業業績は回復しているが個人の生活は悪化している」という答えが一般的であると思われます。
マクロとミクロの景況感の相違は景気の回復局面では珍しい現象ではありません。企業収益の好転が賃金を経由して家計に回り、また税収を経由して国庫から政府支出に回ることで、マクロ経済とミクロ経済とは時差を伴うものの、同じ方向性を持つ事が可能であったわけです。
ところが、今の日本ではこの企業経済とその他経済とをつなぐ道筋を上手く描くことができません。企業にとっての人件費の削減は未だ主要課題でありベースダウンや人員削減はまだ続くでしょう。税収が増えたとしても財政改革が優先される道筋には変化はなさそうです。
米国のように企業業績の回復を株式市場を通して個人に還元できればよいのですが、日本の個人投資家は2003年もまた一年間、ほぼ毎月株式を売り越しています。
もちろん、株式の個人保有比率を高める必要性を否定するるもりはありません。ただ、日本の個人はあまり株式を保有していない、という厳然たる事実の中で、企業業績の恩恵を個人に転化する道筋を組み立て直すことも、今の日本には大切なことだと思うのです。

(2004.01.21)



夢といえば

一昔前に描かれた「夢の未来」の一つに、よく「労働は機械に任せて人間は創作活動を」といったイメージがありました。現実には、パソコンの性能があがって生産効率があがっても人間は相変わらず忙しいままですし、素人の創作がたいがい退屈でしかないことはネット上にあふれる個人サイトが教えてくれました。けれども、インターネットは思いもかけなかったやり方で、人間の勝手気ままな営為の堆積を整理して付加価値を与えるシステムを実現しました。つまり、検索エンジンです。
例えばトップシェアを誇るGoogleでは、そのページに張られたリンクを、そのページに対する評価とみなして重みをつけていくページランク制を採用することで、検索結果表示の有用性を高めています。ページを読んだ人のそれぞれの評価が、リンクという意思表示を通して、検索結果の表示順に反映されるわけです。
仕事で、より多くの場合趣味で、個人個人がサイトを読み、リンクを張る。それぞれバラバラな行いが定期的に巡回するサーチエンジンのロボットがまとめあげていくことで共有化され、付加価値がうまれる。これはインターネットが生んだ、新しい情報流通です。(上飯坂)

(2004.01.20)



オルタナティブは面倒?

先日の東京セミナーでは、オルタナティブの運用手法の話より、導入するにあたっての実務的な留意事項について重点的に説明させていただきました。
フォンドオブファンズのメリットの一つは、年金が直接アプローチできない個別のヘッジファンドに投資できることですが、その裏には年金の事情を考慮してくれないファンドに投資するデメリットが存在します。
売却に関わる様々な制約、時価の取得に関わる時間のずれ、情報開示についての制限、など通常の運用とはことなる仕組みが、ファンドオブファンズへの投資には沢山あります。
実際の投資を検討し始めると、年金信託の資産科目、手数料項目、期末評価、などなど確認したり交渉しなければならない作業が、いくつも出てきます。
そんなに面倒なら止めてしまおう、という感想を持たれたスポンサー様も少なくなかったかもしれません。
ただ、一ついえることはこうした面倒な作業を経験することが、ご自分の投資するファンドの仕組みや、中身を理解するには一番よい方法だということです。
オルタナティブ運用は怖いものではないけれど、これまでの運用商品ほど年金に親切なものではないのです。

(2004.01.19)



体調と思考

めずらしく体調を崩し、思考がぱったり止まりました。
毎日投資判断をしている運用会社の人たちは大変だなぁ、と実感。
体調にかかわらず同じ精度の判断ができるのかなぁ、と疑問。
だから組織的なプロセスでの運用体制が必要なのだ、と納得。

自分のアウトプットの確からしさに自信がない時は、できるだけ静かにしていましょう…(寝)

(2004.01.18)



物価連動債

債券市場ではそろそろ「物価連動国債」が話題になってきています。
すでにある変動利付国債が、毎年の利息が金利水準によって変化するものだったのに対し、物価連動債は消費者物価指数に従って償還金額が変化する仕組みです。
物価が下がればこの債券の価格も下がり、物価が上がれば債券価格も上がります。利息部分だけの変動よりも、価格変動リスクは高くなる可能性がある商品です。
現在のようなデフレ環境が長期的に続くこと想定している一般の金融機関にとっては、今のところあまり魅力的な商品とはいえず、最大の買い手として年金資産が注目されているようです。しかし年金しか買い手がいないような商品では、換金性や時価の取得に不安が残ります。
実際、他国での実例でも、物価連動債はデフレ下では誰も買わず割安に放置され、インフレ懸念が出たときに価格が暴騰する、ということを繰り返すため、理論値で考えるほどポートフォリオ運営上の効果はない、との意見もあるようです。
ともあれ、わが国の債券市場の厚みが増すことは歓迎すべきことであり、運用機関の方と知恵を出し合い、有効に活用していきたいと思っています。

(2004.01.15)



次世代の夢

ドラえもん一号機が完成したとの報道が…
2010年までに本物のドラえもんを作るのだそうです。
そういえば、「アトム」を作れとの社命で出来た二足歩行のロボットもいましたね。
腕時計で電話ができたりテレビが見られたり、クリック一つで買い物が出来るインターネットはいわば「どこでもドア」でしょうか、20年前・30年前の子供達が胸をときめかせた「夢」の多くは、現実になっています。
今、我々は何を目指して努力しているのでしょう?
現代の子供達が心躍る「未来」には何が描かれているのでしょう?
30年前のアニメには「未来」が描かれていました。今、大ヒットする宮崎アニメには「郷愁」が描かれています。
上場企業の社長の年頭挨拶で「成長」という言葉が目に付きました。
「成長」は目的ですか?結果ですか?
企業として、社会として、の「将来の夢」は何ですか?それが株価の上昇であったとするなら、あまりにも侘びしすぎませんか?
日本人が日本市場にどうしても強気になれない原因は、夢の喪失なのかもしれません。

(2004.01.14)



運用規模と資産構成

運用額によって資産配分構成に変化があるかという質問を受けることがあります。
原則としては変わらないと思っています。
総資産500億円だった基金が代行返上によって250億になったとしても、別の理由で1000億になったとしても、それ自体では資産構成に大きな変更はありません。
資産構成の内20%程度オルタナティブを組み込む提案をする場合、1000億円に対しての200億円も、100億円のうち20億円も、更に50億円のうち10億円も、全体に与える影響は同じです。感覚的にはそれぞれ違った意味で抵抗感があるかもしれませんが、その多くは錯覚です。
これは委託する運用機関の数でも同じことがいえます。1000億円あるから運用機関が20社、100億だから5社ぐらい、という理論的根拠はないでしょう。特に最近は私募投信の活用で、50億でも5億でもほぼ同じ運用をすることができるようになっています。
代行返上によって残高が減少したことは、運用上の大きな制約にはならないと同時に、残高が減少したことは基金など運用担当者の仕事量が減ることにもならないということではないでしょうか。

(2004.01.13)



十数年後の自分

成人式ですね。ニュースを見ていて自分の成人式がすでに20年前であることに初めて気付き愕然…
それはそうとして、当時今と同じように20歳からの年金納付義務があったとしたら、私は本当に納めていたか、正直自信はありません。
過去数回会社を退職していますが、年金と一時金との選択では無条件に「今の現金」を選んできました。
数十年後の自分を想像し、数十年後の自分のために貯蓄をすることは決して容易いことではありません。
パート従業員の天引きの是非も問われているようですが、「給与天引き」というものは、私のような意志の弱い人間にとっては大変ありがたい制度でもあるわけです。
自分の面倒を自分で見られる強い意志を持った人間なんて、そんなに沢山はいないのですから。

(2004.01.12)



議論がしたい…

運用機関の方からファンドのプロセスや結果の説明をお聞きすると、必ず最後に運用機関の方から意見や感想を求められます。
当社はファンドに対し、ABCのランク付けのようなことをしない代わりに、ファンドの定性評価の結果について求められれば、できるだけ詳しく答えるようにしています。
我々の仕事は、優秀なファンドや運用者が多ければ多いほど、楽になります。採用したいファンドが見当たらないことほど困ることはありません。ですから自信を持って基金に推薦できるファンドが一つでも増えることを願って、気が付いたことをできるだけ率直にお伝えすることにしているのです。
ただそういった際に、運用会社の方と議論になることはほとんどありません。こちらの感想が的外れである可能性もあるはずなのですが、反論されることもまずありません。
評価会社というのはそういうものだと言われるかもしれませんが、時々むなしくなることもあります。
よりよいファンド運営のためという共通の目標を持って、向かいあっている、という思いは、あまり運用機関には伝わっていないのかもしれません…

(2004.01.08)



ヘッジファンドインデックス

株式や債券投資と同じように、ヘッジファンドにもインデックスという概念があります。
ただヘッジファンドでのインデックスは、同じカテゴリーに分類されたファンドの収益率の平均値を示した純粋な結果であって、運用の目標となるものではありません。
例えば「債券アービトラージ」という分類に属するファンドには、先進国国債のみのものからエマージング債や投資適格外の低格付け債を含むもの、レバレッジのあるものないもの、など多種多様なファンドが混在しています。これらのファンドに共通するのは単に投資対象が「債券」であることだけで、目標とする運用利回りも、リスクプロファイルもバラバラです。
運用者が目標とするのはあくまでもプラスの収益の世界での絶対評価であって、同じインデックスに属する他ファンドとの相対評価ではないのです。別の言い方をするならば、運用の結果としてのインデックスと運用目標であるベンチマークがヘッジファンドインデックスでは一致していません。
同じインデックスという呼称であっても、その概念や使い方はTOPIXなどとはかなり異なるものであることに留意が必要です。

(2004.01.07)



格付け…

ある格付け会社が全国の信用金庫の格付けを発表しました。
格付けには、格付けを取得したい企業が格付け機関に費用を払って依頼する場合と、企業の依頼に基づかず格付け機関が独自に格付けを付与する場合とがあります。
前者の場合では、格付け取得に対し企業側も情報提供に協力するため公開情報以外の内部情報を含め格付け会社が調査した上での格付けとなりますが、後者の場合では決算報告書などで公表されている公開情報のみによる格付けとなります。
最近は企業のディスクローズが詳細となり未公開情報の有無が格付け判断に大きな影響を与えなくなってきたとの理由で、前者と後者を区別なく発表する傾向になっているようです。
さて、信用金庫の格付けですが今回は公開情報のみによる格付けであるとされています。もしこの格付けに不満であるならば、もっと正確な情報を公開すればよい、という格付け機関側の理屈と、メディアという媒体によって金融知識とは無縁の人々に伝播するであろう格付け記号そのものの重みとの間に、取り返しの付かない誤解が生じないことを願います。

(2004.01.06)



Made in Japan

私が知らないだけなのかもしれませんが、資産運用において日本独自のプロセスや日本発の運用理論、というものをあまり思い浮かべることができません。
リスク管理技術の基礎となる金融工学や情報技術といった分野で日本が劣っているわけではないのでしょうし、株式アナリストという概念を野村徳七翁が持ったのははるか明治時代のことです。
技術としても経験としても特になにが足りないわけでもないのなら、メーカーの製造技術のように、運用の世界でも日本発の技術革新が起きることにはなんの不思議はないはずです。
この数年で組織としても知識としても米国などの運用先進国を日本は充分キャッチアップできていると思っています。
そろそろ独自の運用技術を磨く時期にきているのではないでしょうか。

(2004.01.05)



あけましておめでとうございます

曇りのない目で物を見て
素直な耳で話を聞いて
勇気を持って言葉を発して
知識に頼らず知恵をだし
今年も地道にがんばります!
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

(2004.01.04)


build by phk-imgdiary Ver.1.22