2023年07月の思いつき


リハビリ開始

数十年前、日本が初めてゼロ金利政策をとった時、その最大の副作用は短期金融市場のレート形成能力の劣化だと言われていました。

この数年、イールドカーブコントロール政策が採用されたことによる最大の副作用は、債券市場の金利形成能力の劣化だったのではないかと、金曜日の日銀政策決定会合後の各種解説を見ながら思いました。

そもそも、イールドカーブコントロールに対する批判は、本来市場原理によって決定するはずの長期金利を中央銀行が政策的に水準を固定することなどできるわけはなく、市場を甘くみた幻想だ、というものでした。

でも、今回、基本水準は変更せず、市場原理による許容範囲を拡大することだけをアナウンスした結果、「結局日銀の誘導水準がどこに変わったのかよくわからない。新しい水準が明確ではなくて市場の不確定性が増す」というような他力本願なコメントばかりが出てきました。

FRBに代表される様に、激変するインフレや社会構造の変化を受けて、現在の金融政策は、刻々と変化する経済指標をこまめに確認しながら行われる傾向があります。中央銀行だけが分析者ではなく、市場参加者もまた分析者であり、その結果である市場金利の推移も中央銀行にとっては重要な参考指標となります。
従って、市場参加者の分析精度が高ければ政策の精度も高くなり、市場参加者の分析能力の劣化は中央銀行の失策の一因となるのです。

米国についても長く続いた金融緩和の弊害から、市場参加者の分析精度の劣化が懸念されるものの、日本の様に金利が固定化されていた訳ではなく、自己判断機能はそれなりに維持されているのに対し、日本については長期金利は日銀が決めてくれるものだった分だけ、自己判断能力の劣化は深刻なのかもしれません。

今後、本当に日本がインフレ局面となり、政策金利の変更が必要となった場合、市場の金利形成機能が有為に機能するかどうかは、日銀の判断にも大きな影響を与えることになるでしょう。今回の政策変更は、緩和か引締めかという議論ではなく、本来の市場機能を復活させるためのリハビリが開始されたという意味において将来に向けての大きな第一歩だったと思っています。

寺本名保美

(2023.07.31)



こっちの方が余程問題です。

また、今朝から、一部の新聞報道で、今日の日銀政策決定会合の内容について飛ばし記事が出ています。

実際どうなるか以前の問題として、誰が何を意図して、こういう現象を起こしているのか、またまた、全く意図していないのにこうした記事が出でしまうのか。

いずれにせよ、日本社会における金融リテラシーの低さを如実に示している様に、私には見えます。

個人や金融機関教育を論じる以前に、もっと教育的指導が必要な人達が、この国には沢山居そうです。

寺本名保美

(2023.07.28)



後追い

今週が、日本米国欧州各中銀による政策決定会合の週であることは承知しているものの、その動向に以前程の興味がありません。

過剰流動性が市場を左右する、所謂金融相場の時期は終わっているし、そもそも金融政策が経済動向の後追いになっている状況において、金融政策決定会合の持つ意味は中央銀行が今の各国の経済環境をどのように定点観測しているかの確認に過ぎなくなっているからです。

そういう意味では、今週については米国のIT大手の決算の方が意味があるかもしれないし、世界の消費支出を占う意味では中国の景気刺激策の内容の方を吟味した方が良いかもしれません。

もちろん短期的にみれば金融政策が市場のボラティリティを上げる要因にはなるので、金融当局者、特に日銀からすれば投機的売買を助長させるような政策には慎重になるでしょう。

外は暑いですが、頭は冷静に行きましょう。

寺本名保美

(2023.07.26)



Dancing

現在のプライベートクレジット市場について、伝統的な金融セクターのTOPであるJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOは、「Dancing in the Street 彼らは街で踊っている」と述べたとBloombergが書いています。

記事の内容はダイモンCEOの発言を好意的に受けとめているように読めますが、実際の真意はどこにあるのでしょう?

2008年の金融危機を振り返り、当時の大手米国金融機関のTOPが言った、「曲が止まれば状況が複雑化することはわかっていたが、それでも僕らは曲が鳴り終わるまで踊り続けた(We’re still dancing)」という有名な発言があります。

当時世界中から非難の切っ先を向けられたダイモンCEOにとって、「Dancing」という言葉の先ににどのような思いが込められているのか。

プライベートデッドの借り手も貸し手も、そろそろ立ち止まって一旦足場を整える時期が来ているような気がしています。

寺本名保美

(2023.07.24)



日本のアキレス腱

某大手生保と解約金のやり取りをしていて、こちらからの残金の支払いは支払伝票での窓口振込で、最終の清算金の受け取りは郵送されてきた振替証書をもって窓口で受け取ることとなり、この時代に行きも帰りも全部「紙」、というのはどういうことなのかと唖然としています。

これまでは営業職員の方々が直接対面で行ってきたサービスをネット化する過程において、システム対応が全くついていっていないということなのでしょう。

こんな話は、どこの業界においても恐らく多発していて、結局のところビジネスモデルや業態の変化のスピードとシステム開発に掛かる時間軸との乖離が、どうしようもなく拡大しているということです。

システムインフラが整わない内に現場が見切り発車すれば、その先に待っているのはトラブルの山で、一方でシステムインフラが完全に稼働するのを待っていればビジネスモデルはあっという間に陳腐化し競争力を失うでしょう。

今のマイナンバー問題で露呈していることは、今の日本が抱えるシステム開発力の弱さそのものであり、日本の産業構造が抱えるアキレス腱そのものでもあります。

郵貯の窓口に並びながら、この国の行く末を憂いています。

寺本名保美

(2023.07.20)



ドイツも変わる

ドイツが新たな中国戦略を発表し、従来の中国市場依存型の経済活動を転換する方針を示したとされています。

足元でドイツの製造業のPMIは40割れ寸前まで低下しています。この水準は2010年代初頭の欧州危機後の水準よりも悪いだけでなく、コロナ禍直前のボトム期をも下回っており、ドイツの製造業が明らかなダウントレンドに入っていることを示しています。

ドイツに何が起きているのかの答えが、長年の中国市場依存型経済にあると思われ、冒頭のような戦略を出さなければいけなくなるほど、今のドイツ経済は深刻な環境悪化に見舞われているということでしょう。

発電燃料をロシアに依存していたことも結果的には失策となっており、足元で中東や北米からの天然ガスの輸入を増やすなど対応に追われています。

ショルツ現政権は、全てはメルケル政権時の負の遺産であることを強調することで、現在の景況感の悪化の言い訳を作ると共に、大幅な方針転換を断行するきっかけにしようとしているようにも見えます。

ブナ林のように環境の変化に惑わされることなく泰然としている印象のあるドイツですが、今回ばかりは対応せざるを得ないほどの環境変化が起きているということなのでしょう。

慣れない変化で浮足立たなければよいのですが。

寺本名保美

(2023.07.18)



目覚めるか、また寝るか

インドの人口が中国を抜いて世界一となり、名目GDPは世界5位となり、昨年の世界的な金利上昇局面入り以降、株価は主要株価が低迷する中で逆行高となり、インドに風が吹き始めた、と思う人も少なからずいそうです。

とはいえ、人口については人口動態から10年も前にわかっていたことで、名目GDPは人口が世界最大になれば自ずからついてくるもので、一人当たりGDPが未だに世界147位であることは、余り話題になりません。

一方で株式市場についていえば、2000年代前半、2010年代前半と、約10年周期でブームが来ていつの間にか消えていくということを繰り返し、今回2020年以降3回目の周期が回ってきています。

インド株がブームとなる時は、他の市場に失望感が高まっている時で、景気の先行きが見えない時、唯一先行きが明確に見えている「人口動態」に投資家の興味が回帰する際に起きる傾向があります。

そして、想定通り人口は確実に増えているにもかかわらず、想定通りに産業や消費市場の成長が進まないことに嫌気がさして、投資家が逃げていく、というパターンが繰り返されてきました。

さて3周目。さすがに今回はこれまで失速の原因となっていた各種インフラの整備にも真剣に取り組んでいる、ように見えるという人もいます。中国が人口動態の変化と共にこれから普通の成長の国となっていく中、インドの人口への期待はかつてなく大きくなっています。

眠れる巨象。今回こそは目覚めるでしょうか。

寺本名保美

(2023.07.13)



短期成長 長期衰退

外部からも内輪からも、極めて評判の悪い「資産運用立国」という看板ですが、その内容以前の問題として「立国」という言葉をインフレ化しない、つまり安易に使いすぎない方がよいと思います。

立国宣言というのは、その国の社会産業基盤をそこに乗せて走ることの宣言なわけで、資産運用業を日本の産業ビジネスの中核としてGDPに貢献させると言っているわけです。

元々金融サービス業を国策として発展させてきた米国においては、金融サービスの中心が商業銀行から投資銀行にシフトしリーマンショックを経てブラックロックのような資産運用会社に中心が移りました。力を持ったブラックロックは当初ノンカーボン戦略など、企業活動の方向性をリードするような言動をして、世界的に注目されていましたが、このところその政治的すぎる発言がビジネスの成長を阻害し始めたことが話題になっています。

そもそも金融ビジネスは、実体経済の裏側を支える役割を担うものです。実体経済の裏付けのない金融ビジネスは存在しません。にもかかわらず、国が実体経済における実需の不振を仮需の金融ビジネスで穴埋めしようとして、金融ビジネスが表舞台で踊ることを許せば、その後必ず大きな失政に繋がります。

日本の資産運用ビジネスに多大な改善余地があることは認めます。そのことについては真摯に向かい合わなければいけないと思います。

一方で資産運用ビジネスに国の命運を託すような過度な期待を抱くのは、止めて欲しいのです。資産運用ビジネスは地味で細く長く信用を築いていくことで成り立つビジネスです。決して突然スポットライトを浴びて、急成長するようなタイプのビジネスではありません。

金融が中心となった国の経済は、短期的には成長したように見えても、長期的にみれば必ず衰退します。日本は資産運用立国になってはいけません。

寺本名保美

(2023.07.10)



最悪のシナリオ

ザポリージャ原発の爆発へ懸念もあり、この数日の市場センチメントはややリスクオフに偏りがちです。

誰しも、イベントの実現可能性は極めて低いと思いつつも、万が一の可能性を意識せざるを得ないという心理状態でしょう。

実現可能性が高くないと信じているからこそ、通貨市場はこの程度のユーロ安で済んでいるわけで、それでも雰囲気が円高に振れただけで、日本株は大きく下落しています。

今の円安が日本の物価にとってマイナスであることは事実としても、今の円安が急激に円高に振れるリスクと、ダラダラ円安が続くリスクと、どちらが今の日本とって心地よいかと問われれば、私はダラダラ円安が続く方を選びます。

ザポリージャ原発の爆破をきっかけとしたリスクオフ、というシナリオは、リーマンショック以降で描きうる最悪のシナリオです。

あくまでも万が一の話ですが。

寺本名保美

(2023.07.06)



継接ぎは役に立たない

混乱しているマイナンバーカード。認証番号のないバージョンを作るとか、名前を変えるとか、枝葉の増える話が色々と聞こえてきますが、こんなことをしていると恐らく将来的に使い物にならなくなります。

そもそも、今の日本の行政システムの問題は、ありとあらゆる制度で継接ぎを繰り返したことに原因があるわけで、せっかく新たなシステムで再構築を図ろうという今、また継接ぎだらけの制度を作ってしまっては元も子もないでしょう。

逆に言えば、システムと外観を新しくしようとしても、旧態然とした従来の継接ぎ制度を前提に運用しようとしているから、いつまで経っても走らない。

一旦運用を止めて、問題を精査した上で、今の姿のまま出直すのが、一番良いような気がするのですが。

寺本名保美

(2023.07.05)



パリ郊外 2005年との比較

フランスの年金法改正のデモから、少年への発砲事件をきっかけとして暴動へと拡大しています。

フランスはデモの国なので、年金法改正デモについては、あまり心配することなく見ていましたが、足元での若い世代を中心とした全国レベルの暴動については少し意味合いが異なります。

2005年同様にパリ郊外における少年と警察との衝突から始まった暴動は、その後国境を超えてドイツなどの周辺国での若者達の反乱へと拡大していきました。
極右のル・ペン候補、そう、今のル・ペン女史の父親と、争って大統領に再任されたジャックシラク政権の終盤にあたり、ドイツと共に欧州の政治的統合を理念とした外交政策と、EU加盟国としての財政の均衡化を目指した緊縮財政が、共に国内世論の不興を買っていた時期に起きた暴動でした。

こうして比較してみると、今のフランスの状況と、重なる部分も見えてきて、だからこそこれがマクロン政権の命取りにならないかと、やや心配しています。

ドイツの政権は未だ当てにならないなか、良くも悪くもフランス大統領の存在感は国際政治においては大きくなっているこの時期に、マクロン政権が倒れるようなことになれば、EU政治全体の不安定化にも繋がります。

これ以上傷つく人がでることなく、平穏なロングバケーションに入れますように。

寺本名保美

(2023.07.03)


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